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靖国に眠る英霊からのメッセージ @ 文章とは何かを再確認した日 

先週の日曜日、私たちが訪れた場所は言わずと知れた“靖国神社”

ご存知の通り、
靖国神社と言えば、
毎年8月15日の終戦記念日には、
決まり事ように中国、韓国、北朝鮮のいわゆる“特定アジア(以後特アと表記)”から非難の声があがり、
マスコミも参拝した政治家に「今回の靖国神社参拝は公的ですか?それとも私的ですか?」と、意味不明の質問を投げかけるのをみなさんもTVで観たことがあるだろう。

「だからなんだよ?」
と、言いたげな政治家もマスコミの前では言えない。
日本の左翼、そして特アに配慮してるのだろう。

歴史認識の違い、
特アの被害者意識、
戦後の自虐史観、
日本への外交カード等
、様々な要因が考えられるが、

私は、“靖国問題”は日本人にとっては問題なんかではなく、
ただ単に、特アだけの問題なのだろうと考えている。

ほっとけば黙るものを、煽ぎたてるマスコミがいるからさらにやつらは調子に乗る。

極論から言ってしまうが、
日本が特アと国交を断絶したって(北朝鮮とはすでに国交はない)、
日本は多少痒くはあるだろうが、決して痛くはない。

思い切って断交してしまえば、
日本の生活水準は飛躍的に上がるのではないか?

中国からの留学生も減り、犯罪も減る。
毒餃子問題など日本国内で起こるはずもない。
日本の街はきれいになり、日本の農家は復活し食も安全。

韓国、北朝鮮にいたっては不愉快なだけでなんの利益もないから、
わざわざ文章を割く気にもならない......

特アの代わりに東南アジアとの協力を進めていき、
食料の安全と共に、質と量を確保する。
中国と比べて東南アジアの国々は生活水準は低いかもしれない。
だが、教育水準、生活のモラルは中国が世界の底辺である以上、比べるのも失礼だろう。

軍事に関しては......

っと、いつもながら話しが脱線してしまったが......

(無理矢理、話しを靖国に戻す)

現代人である私たちは、 当時戦争で戦った先祖の考えや気持ちを軽視してはいないだろうか。


靖国神社には、幕末から第2次世界大戦までの戦争で、戦死した方々が眠られている。
ご存じないかもしれないが、あの坂本龍馬の御心もここに眠っているのである。

この靖国神社、
私たちは現在インターネットやテレビ等で多くの情報を手にしているから、
様々な偏見や思い込みがあなたの頭の中にもあるだろう。
しかし、現実や真実といった内容は、
当然自分の目で確かめる必要がある。

どっかで聞いたような言葉を、
受け売りで、さも自分の言葉かのように発言する恥知らずの現代人に私は問いたい。


1度すべての偏見を払い除け、 自分の足で現場に赴き、 自分を信じ、日本人というの感性と直感を頼りに、 戦争という時代の狭間に生きた方々の、生の声を聞いてみてはいかがだろうか?

ここ靖国神社には、
戦争で、命を捧げた若者達が最後に母親や家族に送った手紙が展示されている。
それも、有名な指揮官から無名の戦士まで数多くあり、
毎月展示される手紙が変わるという。

今回、私が靖国神社に参拝した理由は、
彼らが命がけで守った日本や家族に対する想い、
戦争や死に直面している当事者の気持ちや願いを文面から直に汲み取りたかったからであり、
私とは時代も境遇も違うが、その特別な状況下で、私よりも若い人がどのような文章を書いたのだろう。

という、好奇心にも似た気持ちからだった。

私はブログを始めてから、
自分の文章力の無さ、語彙の少なさ、感性や表現力の未熟さに幾度となく直面してきた。
文章とは私が思っていた以上に難しく、思っている以上に奥が深い。と、最近は特に感じる。
だからこそ、今回彼らの手紙を読み、彼らの想いの深さを直に脳に刻みたかった。
境遇は違えど、同じ日本人で、同年代の彼らの文章から何か私に得るものはないかと期待していたからだ。

彼らが家族に送った人生最後の手紙、
そのメッセージはもちろん日本語で書かれているので、
日本人ならばみな読み取れる。
田島陽子のような悪魔的な偏見に満ち満ちた目で眺めない限り、
彼らの積もりに積もった心底からの溢れた想いが私たちの心に必ずや届く。

それが届かないという人がいるならば、
靖国の門をくぐる資格がないか、
もしくは、ただ単に国語力がないとしか言いようが無い。

もう一度中学生からやり直すか、

残念だが、今のゆとり教育を恨め。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


天皇のお膝元というのだろうか、
地方にお住まいの方は馴染みが薄いとは思うが、
東京都千代田区は皇居が存在する超一等地だ。
その皇居の真横に広々と位置する靖国神社は、
皇国の志士達が眠るのにはここしか考えられないだろうという素晴らしい立地条件である。


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(写真をクリックすると拡大表示されます)

地下鉄「九段下駅」から階段を上り、地上に出て少し坂を上ると、
東京のイメージから異様なほどかけ離れた、巨大な鳥居に出くわす。
真下から見上げると、大きな大きな兵隊さんが腕を組み、
大股を広げながらジーッと来る者を凝視しているかのようなこの鳥居が、
みなさんもTVで名前だけはご存知であろう靖国神社の玄関口だ。

首がツリそうになるほど鳥居の上部を見上げると、この威風堂々とした巨大鳥居は、
参拝客を懐深く迎えているかのようにも感じるが、

「おまえはこの靖国に参拝する資格はあるのか。」

と、ひとりひとりを検分してるかのようでもある。

身が引き締まるような思いで、
「はい、もちろん」と心の中で答え、
その兵隊さんの股下をくぐると、

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(写真をクリックすると拡大表示されます)

両脇に桜の木が立ち並ぶ長い長い通路が待っている。
この日は暖かい陽気だったが、
残念ながら、桜が開花するのにはまだ早く、
両脇の桜は静かに私たちを見守っていたが、
桜が開花すれば、
この道は、私たちが待ち望んだあの春の香りに包まれることは容易に想像がつく。

この通路の真ん中には、日本近代陸軍の父といわれる大村益次郎の銅像が天高くそびえ立っていて、


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その大村益次郎の像を通り過ぎると、
横断歩道の先に見える「下乗」の看板。

ここから先は、
天皇陛下でさえも乗り物から降りなければいけない神聖な場という意味だ。

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横断歩道を渡り、もう一つの鳥居をくぐると、
「神門」と呼ばれる重厚な門が出迎えてくれる。

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檜(ひのき)でつくられたこの柱の大きさは特筆モノ。
一度は、ご自分の目で確認してもらいたい。

神門をくぐれば、もう一つの鳥居が姿を現し、ようやく拝殿にたどり着く。

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(写真をクリックすると拡大表示されます)

写真を見ていただくと判る通り、
意外と多くの方が参拝しに来ていることに気づくのではないだろうか。

お年寄りだけではなく、
若いカップルや子供連れも多い。

この日が日曜日だからと思う人もいるかもしれないが、
平日に来ても、このくらいの人数は普通にいる。
実は、外人の参拝客も結構多い。
まぁ、中には反日感情を持ったまま訪れた人もいるが、
興味を持つ関心があるのはいいことだ。
そして、何より「訪れてみた」ってところに評価を与えたい。

私はチベットに関心はあるが、
行くまでの勇気がない。
チベットに空港があって、日本から直通で行ける便があればいいが、
中国から青海チベット鉄道で行くしか方法がないから、
いくら物好きな私でも気が引ける。
中国に入るなら、マシンガンの一つや二つは携帯させてほしいと思うのだが、
それは無理だから、私はチベットには行けない。
情けないが、今は遠くから応援するしかない。
早く中国が消滅してくれれば私も訪れたいものだが......

っと、また話しが逸れたが、

大手水舎で手を洗い、口を濯ぎ、
この靖国神社の拝殿でお賽銭を投げ、
手を合わせるのもいいが、
遺族でなくても「玉串料(たまくしりょう)」を払えば、
本殿で正式に参拝をさせてくれる。

私も前回初めて参拝したときは、
5000円の玉串料を払い、
正式に参拝した。

巫女さんに、
完全に冷やかしかと思われたが、

本人にその気があれば、しっかりと参拝出来るのは私で立証済み。

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靖国神社に訪れて、拝殿でお賽銭を投げ、祈りを捧げただけでは物足りない。
先ほども触れた、特攻隊や戦争で亡くなった方の遺書や手紙はこの遊就館に納められている。

中に入ると、このように零戦や大砲、機関車のレプリカが展示されていて、
奥には、お土産屋もあり、食堂もあり、
自衛隊の饅頭とか海軍のカレーとか、売られている。
お土産屋は品揃えも豊富で、どれも独特なので、
知り合いや親戚の為というより、自分のお土産に買う傾向が強い。

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(写真をクリックすると拡大表示されます)

ここは、遊就館のロビーのようなもので、
本館の中に入るには、大人800円の入場券を買う必要がある。
この料金設定は、人によって意見がマチマチだと思うが、
広々とした遊就館すべてに広がる展示品の数々と、貴重な資料は800円では安すぎるくらいだ。

この遊就館だが、
さもすると、第二次世界大戦だけの資料か?と思われかねないが、
何を言う......全く違う。
日本の武の歴史すべてが展示されているのだ。


とはいえ、明治以前の大昔の歴史は学校でも習ったから、私たちは今更ここで復習する必要はない。
私たちが知らなければ、学ばなければいけない歴史は日本の近代史といわれるカテゴリー
日露戦争、日中戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦。

これらを順に追って、世界の流れ、日本の流れと共に遊就館は丁寧に解説してくれているので、
是非、時間をかけ時代の流れを把握してもらいたい。

「なぜ日露戦争が勃発したか?」

いい歳した親が解答に詰まり、口籠るかもしれないが、
遊就館に行けば、詳しくその当時の状況が理解出来る。

「なぜリットン調査団が満州に派遣されたか?」
「なぜ日本は中国の奥地まで戦線を拡大しなければならなかったのか?」
「インパール作戦とはなにか?」
「どうして日本は第二次世界大戦でアメリカと対峙しなければならなかったのか?」

これらの解答に詰まってしまった方は、
遊就館に行き、記述を読めば、資料と共にその時代やその時代の出来事が、前後の流れを含め、容易に把握出来るだろう。
うれしいことに、
現代の日本と周辺諸国の事情、日本への反日の想いも垣間見れるかもしれない。


遊就館に入るときと、出たときとの気持ちの変化は、今の私の表現力では表しにくいほど複雑でもあり、不思議と清々しくもある......


遊就館のエスカレーターに足を乗せた時は、
確かにワクワクした高揚感が体の奥底から溢れていたはずなのだが、

遊就館の展示場を去るときには、

靖国に眠る英霊達が、

「俺たちが守りたかった日本はこんな日本ではない!」

と、泣き崩れる様子を見たような、

「俺たちは大義名分と共に大和魂を大国に見せつけ、日本男児として桜のように散った! だから、これからの日本はお前が守れ」

と、涙ながらに叱咤激励されたような、

「頼む。俺らが生きた証を今の日本人に伝えてくれ!」

と、泣きつかれたような、

言葉に表せない複雑な気分。


戦後60年もの間、
日本を見守って来てくださった英霊のみなさまから、

私は励まされたのか、嘆かれたのか......

いや、長い間嘆かれて、
今ようやく私たちを励ましてくださっているのかもしれない。

それは決して英霊たちが日本を諦めたわけではなく、

お前だから出来ることがある!

お前たちにしか出来ないこともある!

と、頼まれたような気がした......

文章にすると曖昧で何を頼まれているのかわからないかもしれないが、

私には充分伝わった。

私が日本人でなかったら、

決して受け取れないだろう彼らからの時代を越えたメッセージ。

日本人の男同士だから判る意思疎通。




英霊のみなさまのお心、確と承りました。
 私の生涯をかけ、 出来る限り、英霊のみなさまの汚名を払拭してみせます。
 どうかそれまで諦めずこの日本を見守っていてください。




追伸

特攻隊や戦争に行った方々の遺書や手紙。
小さい葉書に小さい文字でビッシリと文字が刻まれていました。
私のように長々と原稿を使い、気持ちを伝えることは出来なかったのでしょう。
短い文章に想いの丈をすべてぶつけるしかなく、
相手に伝えたいメッセージだけを選び、文章にしたものと思われます。

そういった方々の文章は、
私よりも若い人が書いたとは思えないほど美しく感性豊かで立派でした
私がいくら雑文を書き続けていても、彼らの領域には達することは到底不可能でしょう。
60年以上経っても一向に色あせない魂が宿った言葉の数々は、
60年の時を越えて、今も私たちに感動と憂いの涙を誘います。

文章とは、

“何を伝えたいか”

と、いうことを先輩達の文章を読み、改めて実感しました。


そしてもうひとつ、

靖国神社の遊就館には、
戦争に行った方々の写真が飾られています。
写真の中の彼らの顔は、
勇ましくもあり、逞しくもあり、かわいそうでもあり、嘆かわしくも見えますが、
すべてに共通していえるのは、誇らしげであったということです。

国家のため、
家族のため、
愛する者のためなら、

私ですら誇らしげに戦争に行くことが出来るでしょう。

いや、私は自衛隊員ではありませんが、
かわいそうなのは、今の自衛隊員です。
彼らはたとえ死んでも靖国神社には祀られることはありません。
日本は不戦を唱えるがため、
たとえ、イラクで敵の銃弾に倒れても、「事故」と判断されるからです。
いわゆる不慮の交通事故と同じ扱いです。
自衛隊員のほとんどが「死んだら靖国でしょう!」と望んでいるのにも関わらず、
国の方針で彼らの望みは叶えることが出来ません。

今の首相は靖国神社の代わりに「国営の参拝施設を作ろう」と初めて提案した大バカ者です。

英霊のみなさまも嘆く
日本の迷走はまだ当分続きそうです。

   
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コメント

v-17う~ん

v-17ぽちぽち

v-17今回は、ノーコメント!

v-17v-222じゃ!

Broさんへ

どうもです!(笑)

僕の祖父はインパール作戦で戦死しました。
先祖の犠牲のもとに今の生活があることを感じ、
毎日感謝とともに手を合わせてます。
私は人に尽くせる人生を生きることが、ご先祖様の供養になるといつも思いながら生きています。

社長へ

そうだったんですか~。
高校時代、歴史を担当していた私の先生のおじいさんはインパール作戦から生きて帰って来た数少ない軍人さんだったそうです。

もしかしたら社長のおじいさんのことを知っているかもしれません。

あの状況で生き延びるのは相当のサバイバル能力と忍耐が必要だったと思いますが、ああいう過酷な状況は今の日本人は絶対想像出来ないでしょうね。もちろん、私もわかりません。

人間の能力、先人の力に改めて敬意を表します。

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